朝日新聞の記事からその存在を知った、かつて赤堤にあったという四谷軒牧場。聞けばいそくみより5,6歳年上の人たちには、小学校時代に写生に行った思い出の牧場だったらしい。

この本を手にとったとき、最初の章で「四谷軒牧場」が出てくるのが目についた、これは必読だ!

作者坪内祐三は8歳年上の世田谷っ子、早稲田大学一文卒で、「東京人」の編集者だったという。1997-2003年、豪徳寺に住んでいた自分には、大学ともども大変近い存在の作家さんだったわけです。

 

エッセイで時間を惜しんで読み進めたいのは久々に出逢いました。遊び仲間のW君は牛が大好きで、東京農大生になってから四谷軒牧場でバイトし、“彼の就職先は皮肉なことに日本マクドナルドだった”・・・いいねえ。関係者はまだ壮年期というところだろうに、実名こそ出ないが、ニックネーム、家の場所、進学先、就職先が大公開されている。

 

玉電とは今は世田谷線なので「玉電松原」は松原駅。本作は、それこそ松原駅から半径500m以内の当時のお店の情報や地元の事件、流行したあれこれがそれは細かく描かれている。男性は子どもの頃の記憶がほぼ消失しているものと思っていましたが、この記憶力がさすが「東京人」編集者です。

登場人物はほぼ男子に偏っている。野球仲間を集めるのにどれほど少年たちが血道を上げていたかがわかる-出前のお兄さんに加わってもらうため、小遣いで出前をとったりする-、迷い猫を手なづけるのにミルクに白ワインを混ぜたり、現代の子とは違うやんちゃぶりが繰り広げられるのです。

 

この本からイメージされる坪内祐三は少年なのに、2020年1月に急逝、本作が遺作…とあった。享年61歳。少し早く知っていれば「大学の後輩でーす」と会いに行くこともできる距離だったはず…早逝を惜しみつつ、さらに著作を見つけて読んでみたいものです。